at the might night. 「なぁ。変な夢、見たことあるか?」 「変な夢?何。最近寝付き悪いのか?」 「別にそういうわけじゃない」 「ふぅん・・・。でもさ、大体夢ってヘンなもんだろ?現実ではありえねぇっつうことも平気でおきたりすんじゃん」 「・・・・・まぁな」 「連日の寝不足で疲れてんじゃないの?」 「・・・・疲れまくりだ。まったく」 ここ数日、ラスティはアスランとステラの家に入り浸っている。いや正直に言えば、この家には数年前から入り浸っていてる。アスランやステラとは友達というより、・・・むしろ家族といったほうが適切な間柄なのだが、それでもここ数日間入り浸っているのには、ちゃんとした理由があった。 「テスト期間中は、いつもそうだ」 そう。ここ一週間、アスランの家に入り浸っているのはラスティだけではなかった。アスランとラスティのクラスメイトたちも、だった。いつものようにテスト期間になると、とたんにこの家は騒がしくなる。あるものは学年主席のアスランの力を借りに、あるものはそんなアスランに対抗しようとして勝負を挑みに、またあるものは、そんなアスランを心配して、テスト期間中にこの家に来る。そしてそのまま、次の日の朝を迎える。アスランの家にはアスラン、それにアスランの妹の、ステラしかいない。うるさい親がいないこの家は、連日深夜まで叫び声や怒鳴り声、笑い声が響き続けていた。まるで、何かの合宿状態。 よって、ラスティは半ば強制に近い形で、訪れるクラスメイト+アスラン+自分+ステラの夕食、夜食を作る係として、駆り出されたというわけで。 「まぁまぁ。それだけ人気者っつうことだよ」 「こっちの身になってみろ。・・・ステラにも迷惑をかけたし」 そうつぶやいて、アスランは自分の横で、ダイニングの椅子に座ったまま机に頭を預けて寝ている妹のステラに目をやる。 連日訪れる客たちのせいで、ステラは部屋にこもりっきりだった。強制的に、自室に避難しなければならなかった。当然、アスランからは引き離されることになる。 そのとばっちりを受けたのが、ほかならぬラスティであって。 「今日さ、帰ってきた顔に、明らかに”またか”って書いてあんの。俺がおかえりって言って、めちゃめちゃ暖かく迎えてやったのにさぁ」 ぶすくれて言うラスティには悪いと思いつつ、アスランはその2人のやり取りがあまりに鮮明に頭に浮かぶようで、ふいに噴き出した。 「あ、おい!笑うなよな!」 「いや、だって、“またか”・・・くくっ」 「それに今日は俺だけだって言ったのに、しばらく信じなかったし。ステラに睨まれる俺の身にもなってみろよな」 「いや・・・睨み合いなら、いつもやってるだろ」 「いや、それはそうなんだけどさ。つうか話の趣旨ずれてるじゃねぇか!」 「・・・あ、そうだな。何の話だったか」 「ゆ、め!変な夢みるとかなんとか」 「ああ・・・・」 アスランは、ふと真剣な表情になり、口を閉じる。その様子に何かを感じ取ったラスティも、少し姿勢を正した。少しの沈黙の後、アスランの口から発せられたのは、「同じような夢を、見るんだ」という言葉だった。 「同じような夢」 「ああ。同じような夢。だが、毎回少しだけ違う」 「どこが?」 「はじめに見た夢は、暗い闇の中だ。ほんとうに何も見えない。真っ暗な中、俺が一人で立ってるんだ」 「・・・・・」 「だけど、しばらくしたら、人が現れる。普通の人たちが歩いているんだ。どこにでもいるような、街ならどこでもありそうな風景の上で歩く人たちが、暗闇の中にたくさん溢れ出すんだ。しかも、俺の目線は、その人たちを見下ろす位置にある。そうだな・・・ちょうど、俺が直立した時の足元くらいに、その人たちの頭がある・・・そんな高さだ」 「へぇ・・・で、夢の中のお前、どうしたんだ?そいつらに話しかけたりしたのか?」 「いや。それが、どうやっても話かけれられないんだ。口がまったく動かない」 「はじめの夢は、それで終わりだ。次に見たのは、その続きみたいな夢だ」 「続き、か」 「ああ・・・。暗闇の中に人がたくさんいて、どこかへ向かって歩いている。俺は、やっぱり少し高い位置から、そんな人たちを眺めるしかできない。ただ、前の夢はそこで終わったんだけど、・・・今度は、俺の足元で泣き声がするんだ。気になって足元を見てみると、」 「ちょ、ちょっとまて!」と言いながら、突然ガタリ、と音を立ててラスティが立ち上がる。 「あ、アスラン!お前、今そんな話してどうすんだよ!?時間をわきまえろ!!ホンモノが出る!!出るって!!」 「出るって、・・・何が」と、ぽかんとするアスランをよそに、ラスティはおどおどと部屋を見回す。そして終いには、すこぶる真剣な表情で「そんな話するなら・・・俺、帰る」とまで、言い出した。 「おい、何が出るんだよ」 「どこが夢の話だよ!」 「夢の話だ」 「違う!そういうのはな、・・・・っていうんだよ」 と、ラスティは小さな声でぶつぶつとつぶやいた。 そんなラスティを見て「は?聞こえないぞ」と言ったアスランの抗議によって、ラスティはしぶしぶ、なおかつ青ざめた表情ではっきりと言った。 「・・・・ゆうれい、とか、ぼうれい、とかっていうんだよ」 瞬間、アスランは笑い出した。必死にこらえようとした笑いに耐えられず、涙までながして笑い出した。ラスティは不満だといわんばかりに「笑いごとじゃないって!!今、夜なんだぞ!出るんだよ、そういう・・・何っつうの?恨みをもった、幽霊が!!」と言う。しかしアスランは、まだ弱冠の笑いをこらえつつ「そんなんじゃない。その夢の女の子、なんだか懐かしい感じがするんだ。幽霊なんて、そんなものじゃないよ」と答えた。 その一言を聞いた瞬間、ラスティは「女・・・なるほど。そっか・・・」と、一人で納得したように、その場で2,3回うなずいた。そして、自信満々にアスランの顔を指差して、言った。 「その幽霊、きっと、つぅか絶対、お前が振った女の一人だ」 「はぁ?」 「んで、振られた恨みでアスランを祟るんだ」 「・・・・おい」 「数々の女の怨念だ。うわぁ。おっそろしい」 「いや、だから違うって」 「じゃあ、その子、どんな感じなんだよ」 「ん・・・。そうだな、泣いてるんだ。俺の足元で」 「やっぱり・・・・振られた女の、」 「や・め・ろ!その話は」 「はぁい。で、その子は」 「・・・・俺の顔を必死に見てる。俺に向かって、何か言ってる。涙をぽろぽろこぼしながら、何かを言ってるんだ。そして、俺のほうに必死に手を伸ばしてる。俺はその子の手をとろうとする。でも動けない。声もかけたいんだが・・・」 「さっきと同じ。何も言えない。か・・・」 「ああ。他の人たちは、それまで俺に見向きもしなかったし、話しかけることなんてなかったから、ただ、夢の中で俺が一方的に眺めてるだけかと思ってた。でも、その子だけは、必死に俺の足元で、俺の目を見つめてる。何か言ってる」 「・・・・・」 「そこで、夢はおわる」 アスランは小さなため息を吐く。“女の怨念”と言い張っていたラスティも、アスランの話が終わると腕を組んだまま押し黙った。 「そんな夢を、何度も見る」 不思議と、その夢を何度も見る。忘れられない。 そう言うアスランに、ラスティは真剣な顔で答える。 「その女の子が泣いて、お前は暗闇の中でその子をただ見下ろしてるだけ。それで夢は終わり・・・・・か。不思議な夢だな」 「ああ・・・。毎日その夢をみるわけじゃないんだが・・・。忘れたころに、ふと見る」 「・・・・不思議だけどさ。その夢」と、ラスティが組んでいた腕をとき、少しだけ、切ない表情を浮かべて言った。 「なんか・・・・悲しいよな」 「・・・・・」 「誰かが泣いてるのに、自分が何もできないっていう夢は」 「・・・・・そうだな」 それきり、アスランは口を閉じた。しばらくの空白があった後、ラスティがふと口を開く。 「・・・・その子に、会いたいとか思わねぇの?」 「ああ・・・そうだな。不思議と会いたい、とは思わないな」 「ふうん」 「というか、その子の顔とか、容姿とかが・・・はっきり思い出せない」 「懐かしい感じがするのに?」 「ああ・・。なんでだろうな。夢の中では、俺はその子を知っている。懐かしく、愛しく感じる。だけど、夢から覚めれば、その女の子の顔も、泣き声も何もかも・・・とたんにおぼろげになる。あいまいになる。ただ泣いているという事しか思い出せない。だから別に、会いたいとか、そんなことは思わないよ」 「・・・・そっか」 「ああ。・・・・もうこんな時間か」 ふと、時計の針を見つめたアスランが少し驚いてつぶやく。 ラスティも、「ホントだ。もう1時かぁ」と声を発する。 なんか、眠くなったな。寝るか。そうだな。でもアスラン、お前はここで寝るんだろ?・・・・なんでわかったんだ?お前がステラをこのまんまほったらかして寝るわけないだろ?・・・ばれたか。へへ。んじゃあ俺もここで寝よう。そのまま寝ると風邪ひくぞ、ラスティ。ひかないひかない。あ、寝違えるかもしんないけど。・・・・あたってるな。でもさ、それはそれでおもしろいかも。ステラもアスランも俺も、朝起きたらみんな首が回らない、とか。なんだそれ。じゃぁおやすみー朝食よろしくー。おい! ゆっくりと、流れるとき。2人の穏やかな時間。 その日を境に、アスランはその夢を見なくなったそうだ。
|